古墳紀行

2006年10月14日

厚木−伊勢原・古墳散歩

36ed860a.jpg先日、伊勢原の日向から厚木七沢にかけての小古墳を見て歩きました。
神奈川の古墳散歩という本で調べて見て廻ったのですが、畑地の端にやっと残っているという感じの古墳が多かったです。
知らなければただの耕作地残土の盛り土としか見えないものが多かったです。
新田古墳群に属するこの古墳は果樹園の棚の端に細長く変形して残っています。
石室の石材が一部剥き出しになっています。

新田3-2この古墳も新田古墳群の1基ですが、畑と道路の脇にかなり石室石材が露出しています。
近所の方でも古墳と意識されていないのではないでしょうか?
墳丘一面に曼珠沙華が生えていました。
調べましたら彼岸花ともいわれるこの花は帰化植物でほとんど自生ではなく植えられたものらしいので、この塚に生える曼珠沙華も塚として認識されていた時分に植えられたものなのでしょう。

島残22厚木市小野の島残古墳群の1基です。
駐車場と畑の横にあります。
墳丁に何かの碑が建っているようですが草生してわかりません。
他にも住宅と畑地がいりくんだ土地の駐車場脇や農家の築山として墳丘が残存しています。


r32_takacyan at 00:37|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

2006年07月14日

五色塚古墳

b10ea2cc.jpg久々に銭湯以外の話題です。
出張の帰りに神戸市垂水区の五色塚古墳を見学して来ました。
携帯カメラで離れて撮影出来ないので後円部のみになってしまいました。
あたりにはトンボが異常発生して乱れ飛んでいました。
墳丘から明石海峡と淡路島がキレイでした。



(五色塚古墳・livedoor 地図情報)


r32_takacyan at 19:32|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

2006年06月10日

富塚古墳

d530842b.jpg今日は横浜市戸塚区の冨塚古墳に行ってみました。
この古墳は冨塚八幡宮の裏山にある前方後円墳です。

この古墳には伝承があり、康平五年(1062年)、前九年の役を平定するための遠征の途中、源頼義・義家父子がこの小山付近で露営したところ、夢に山頂の古墳に祭られている富属彦命(とつきひこのみこと)の神託を得、それによって戦功を立てることができたとして、延久四年(1072年)に八幡宮を築いたとされています。

この古墳は富塚(とみづか)と呼ばれて戸塚「とつか」の地名の由来となったと言われています。

(livedoor 地図情報)




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r32_takacyan at 21:08|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

2006年06月09日

多摩の八角墳・稲荷塚古墳

ec81982b.jpg今日はイマイチの空模様でしたが、多摩市の稲荷塚古墳を見に行ってきました。
この古墳、全国で他に12例しかないという八角墳なのだそうです。
おっと、今年になって大阪府高槻市の中臣鎌足の墓とされる阿武山古墳の近くから八角墳が発見されて13例になりますね。
天皇陵に採用されている八角墳ですが、関東周辺にはここと山梨、群馬にしかありません。
稲荷塚古墳は近畿地方で八角墳が造られた7世紀後半より前の時代(7世紀前半)に造営された興味ある古墳です。
被葬者はどんな人物だったのでしょうか。

墳丘は変形しているのでよくわかりませんが、たしかに円墳ではありませんでした。
以前は石室が建屋で覆われて公開されていたそうですが、現在は保存のため保存処理後に埋め戻されてブロックの色分けで石室の規模を表しています。

(livedoor 地図情報)



r32_takacyan at 23:54|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

2006年06月07日

海老名市の古墳

6a936495.jpg海老名市の座間丘陵の古墳群を撮影してきました。
写真は上浜田6号墳、住宅地の隧道上にかろうじて残されています。
なんの表示もされていないので近所の知らない人はなんでこんな土地が残っているんだ?と思うでしょうね。
ちゃんと保存されてこのまま残るといいけど〜現状を見るとちょっと不安。

(livedoor 地図情報)


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